神宮前を青山方面に歩き、途中で脇道を入ると広がっている裏原宿。数回路地を曲がると真っ白な壁面で作られたモダンな佇まいのサロン「POOL」がある。そこでネイル部門のエグゼクティブディレクターとして勤めている工藤恭子さんは、一般のお客様だけでなくタレントやモデルさんも手がけ、数々のネイル雑誌やファッション誌を担当。セミナーやスクール講師としても各地で活躍し、つい先日ネイル雑誌「NAILVENUS」に新カリスマと呼ばれるネイリスト10人に選ばれ、まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。休む暇もなく仕事に向かう工藤さんは、疲れているはずなのに、常に笑顔でポジティブ。そんな工藤さんの、サロン業務をこなしながら数々のお仕事を手がけるまでに至った過程を振り返り、溢れ出るバイタリティの源を探るインタビュー。
何故ネイリストになろうと思ったんですか?
大学卒業後、美術の先生になりたいと思っていたんです。ただ、美術の先生という職種は髪型とか服装とか、決まりが多い事に気がつきました(笑)自由を求めていた私には合わない事に気がついて、進路探しが振り出しに戻ったんですね。その時、せっかくやるのなら「今」自分が好きな事を仕事にしようと思いました。
先の事ってわからないじゃないですか。だから、お金が稼げるとか、将来性とか、色々な条件を全て忘れて「今」自分が何にワクワクするか。それを考えた時に真っ先に頭に浮かんだのが「ネイル」でした。「好きな事を仕事にしたら、ずっとワクワクしていられるのではないか」そんな単純な動機から始まりましたね。
ネイリストになるという事に対して、不安は無かったのですか?
私が当時住んでいた福岡には、ネイルスクールが2校しかありませんでした。ネイリストで生計を立てている人なんて知らなかったし、世間は「そんなの仕事になるの?」という認識でした。 でも、不思議と不安はありませんでした。おそらく、母の後押しが大きかったからですね。自分の好きな事をやりなさいって、背中を押してくれました。母は本当に寛大で、いつも私の夢を自分の事のように応援してくれるんです。母の後押しがあったからこそ、不安は無く、「やれる」というポジティブな気持ちしかありませんでした。
単身ニューヨークに行かれていますよね?その背景を教えて下さい
私は計画を練る事を習慣にしています。自分のやりたい事をノートに思いつく限り書いて、それを時系列に並べていくんです。「この目標は今月で達成する」「この目標は来年の何月に達成する」といった形で。そうやって中長期の目標を立てると自分の年表が出来上がります。それを1つずつ達成していくのがクセになっていて、ネイリスト1年目の時に「3年のうちに達成する18の目標」を立てました。その中に、「ニューヨークに行く」という目標を立てていたんですよね。福岡で一番になったら行くと決めていたのですが、それを達成し、様々な方達の後押しがあってついにその日がやってきます。
ニューヨークでの失敗。でも、物事は捉え方次第
ニューヨークで大きな失敗を経験します。 履歴書と作品と「こんな想いで渡米するんで面接してください」というメッセージを録音したボイスレコーダーを持って目星をつけていたサロンに現地で直接アプローチをかけました。すると、「じゃあ明日から来て」と言ってくれたので、そこから数日通う事になります。日々タスクをこなし、お店の人からの信頼も順調に勝ち取って、いよいよ本採用の話を頂く事に成功しました。と、ここまではスムーズにいったんですが、手続の際に大きな失態に気がつきます。何と、私は労働ビザを持っていなかったんです。観光ビザでした。「え?労働ビザくれないんですか?」「あげるわけないよ!」という流れになり(笑)泣く泣く日本に帰る事になりました。 「想い」さえあればアメリカンドリームを掴めると思っていたんですけどね。 とても悔しい思いをしましたが、ここで決意しました。「自分から行くのではなくて、NYからいつかお声がかかる様なネイリストになる」って。また、新しい目標が出来たんです。 物事は、捉え方一つですね(笑)
何かを決断する時に、意識している事はありますか?
私、直近の目標は常に身近な人に言っています。言葉にする事で誰かが聞いてくれて、機会を運んできてくれる事もあるので。言う事で自分にプレッシャーをかけるというのもそうかもしれません。ただ、何か重要な決断をする時は、周りには言わない様にしています。何故なら、私自身が流されやすいという事を知っているから。例えば、「ネイリストになろうと思うんだけど、どう思う?」って相談したとしたら「将来食べていけないかもよ?」「好きな事は趣味で、仕事は安定していた方がいいよ」というアドバイスが出てくる。でも、「私ネイリストになるって決めたんだ」って言われたら、応援するしかないですよね?(笑)
「POOL」の立ち上げについて教えて下さい
アメリカから帰国して、色々なご縁があり今の「POOL」の社長に出会います。そして、ネイルサロンのオープニングを任せて頂く事になり、店舗のレイアウトからメニューは全て自分で考え、オープンする事が出来ました。しかし、お店がオープンしてから一緒に働いてくれていたスタッフがどんどん辞めていき、3年目にいよいよ社員が私1人になってしまったんです。お店を守らなきゃいけないという使命があったので、脇目も振らず働いていて、朝5時まで働く事もざらにありました。スタッフのみんなは「休みがない」とか、「お給料が安い」と言った不満が色々あって。私はそんな事を一切考えなかったんです。「会社が潤えば、私達も潤う。だから、今は苦しいけど、いつかはみんなで笑おうよ。」という気持を持っていました。ただそれが上手く伝わっていなかった。最後のスタッフが辞める時に「工藤さんの想いをもっとみんなに伝えないと。ちゃんと伝えれば、みんな理解していたと思います。」と言われたんです。今までは弱みを一切見せず、行動で見せればいいと思っていて、背中を見て欲しいというのもありました。ただ、それをみんなが窮屈に感じていて。「私は工藤さんみたいにはなれない」と言われたりして、どんどん離れていったんですね。その経験から考え方が変わりました。弱いところを見せる事や自分の意志を正直に伝える事。今は、辛くて苦しい時は自分の気持をオープンに打ち明けています。
今のスタッフとの出会い
今は4人でお店を運営しています。その1人が私の妹。ずっとレセプションだったんですが、妹は、私が営業後にサロンで仕事をしている時に、いつも一緒に残っていてくれていました。やることも特に無いのに、常にそばにいてくれて。技術はできないんだけれど「こうしたほうがいい」とかアドバイスをくれていたんですね。それである時、「私がジェルネイル塗れたらもっと楽になるよね」「一緒にやりたい」って言ってくれました。そこから猛特訓し、今は予約も取れない位の人気ネイリストとしてPOOLを支えてくれてます。
もう1人は中澤さん。採用理由は「人柄」に尽きます。器用な子ではなかったんですが、マイペースでおっとりとしている人柄に魅力を感じました。そして、彼女には「雑誌をやりたい」という夢があったんです。そんな彼女と一緒に夢を叶えたいって強く思ったんですね。「やりたい雑誌の依頼がくるように頑張ろうね」って一緒に目標を共有しました。採用において「素直さ」や「人柄」は重要な要素です。そして、何事も1人じゃ出来ません。信頼出来る仲間が必要です。やっぱり仲間がいるから戦えるのかなと思います。
そしてもう1人は佐藤さん。技術はスクールを卒業したばかりの「素人」です。ただ、「こういう作品を作りたい」という意志と、独特の世界観を持っていました。その世界観も私達には無いものだったので、余計に惹き付けられましたね。POOLはポップなデザインを得意としているのですが、彼女は「シック」な世界観を持っていて、それをネイルに落とし込む視点が面白いなと思いました。 それともう1つ、「10年間ボーカルを続けていた」というのも重要な要素でした。何かをやり続けるというのは、大変な事です。更に「ボーカル」というのは一握りの世界。それを10年間貫いてきた姿勢に共感しました。きっとネイルの世界でもめげずにやり続けられるだろうなと。今後が楽しみですね。
今も環境的には厳しいと思います。21時に営業が終わってから雑誌の仕事をする事がほとんどで、4人で20社前後の雑誌を請け負っていますから。でも、「いつか4人でバカンスいきたいね。社員旅行グアムいっちゃうくらい!」って夢を語り合いながら乗り切っています。やっぱり働く環境や目の前の状況というのは自分達で作っていくしかないんだと思います。それが全てです。
大切なのは感謝の気持
「感謝の気持を大切に」って、小さい頃から言われていますけど、感謝の気持がないと人って「欲」に負けるんです。私は今のPOOLの社長に感謝しています。感謝しきれないほどに。どんなに自分が頑張っても返せないと思っていて。だから、社長やスタッフがいつも笑えるような環境を作っていきたい。みんなで夢を叶えていきたい。という気持ちが原動力ですね。私が当時全国誌に出たいと思っていたのも、福岡でお世話になった副社長に恩返しがしたいという一心でした。東京で頑張っているというのを見てもらいたかったんですね。
夢や目標が描けない子達には?
先程私が実践している事を話しましたが、何でもいいので自分のやりたい事、叶えたい事というのを書き出します。その時は、叶う・叶わないというのは一切抜きにして。大きな目標でなくても、花火大会には毎年行く!とか毎日キラキラしていたい!とか、抽象的なものでもいいんです。そのリストが出来れば、自分のスケジュールに落とし込んでいく。そうすると、それを実現する為には、いつ迄に何をするという、もう少し具体的な内容も出てきます。目標が変わってもいいと思います。そうしたら書き直してもいいんです。 やりたい事、目標が明確になれば、そしてそれを一つずつクリアしていくのは凄く楽しいですよ。クリアして達成感を得られれば、人はそれを繰り返すようになるんです。
また、職場では、目標がなかなか見つからない子がいたら上司がそれを見つけてあげないといけないと思っています。一つでもいいので。例えば抽象的に「毎日笑っていたい」とかでもいいので。それをどんどん掘り下げていくと、自分の皮が剥けていって本質が出るんです。「その為にこうなりたいんだね」「そうであれば、ネイルを通してこんな風にがんばろう」って導いていく必要があります。そして、成功したら認めてあげる。大切なのは、その見つけられた目標を共有する事だと思います。
一般の方達にネイルを知ってもらいたい
テクニックを極めていくのではなく、シールの商品化や、youtubeの動画配信もそうなのですが、ネイルの魅力をもっと沢山の人達に知ってもらいたいと思っています。なので、ネイルの専門誌のお仕事ももちろんありがたいのですが、ファッション誌のお仕事は非常に意味があります。若い世代や子供たちにネイルの魅力をダイレクトに伝えられますからね。最近、自分が本当にやりたい事が見えてきた気がしています。15年間続けてきてやっと。今までは、「自分がどう見られるか」が重要な要素だったのですが、今は、ネイルの素晴らしさを小学生や中学生といった幅広い世代の人達に伝える事、その「分母を広げていく事」を常に意識しています。ネイリストは夢がある仕事です。自分がこんなに夢を持ちながら毎日生活出来ているのも、ネイルに出会えたから。夢が耐えないんですよ。なんですかね。このやりたい事が溢れてくる感覚(笑)だから、ネイル文化を広げていきたい。その為に突っ走っていきたいですね。
「自分自身がどのような状況だと幸せか」を考え、やりたい事を書き出し、計画に落としていく。ささいな事でも。この計画性こそが、工藤さんのバイタリティの源。やりたい事が明確だからこそ、行動がぶれない。ぶれそうになっても、修正する事が出来る。時間は有限であり平等だからこそ、自分にとって重要だと思った事に一点集中していく。 日々の生活は仕事に追われる事が多く何気なく過ごしてしまいがちだけれども、まずはやりたい事を明確にして計画を立てるところから始めてみると、数年後には大きな目標を達成出来ているかもしれない。「旅行の計画を立てるのと一緒ですよ」と話す工藤さんは、未来を想像して楽しみながら計画を立てていく。彼女の旅は、始まったばかりだ。