父から学んだ経営者の精神 -とにかくやってみろ-
~MANHATTAN 代表 垣内綾子~
 

34歳という若さで日本とアメリカにまつげエクステサロンを展開している経営者と聞いたらどのような印象を受けるだろうか? 一般企業であれば役職がつきはじめ、部下を持つ人も増える年頃。結婚して子育てに専念している人もいるだろう。そんな年頃の女子が会社を創業し、社長業を続けているのだから、並大抵の事ではない。苦しい時期を過ごした青春時代、矛盾だらけの芸能界、そして、まつげエクステへの想いを語った波瀾万丈のストーリー。

どんな青春時代を過ごしたのですか?

昔からとにかく何かを頑張る事は好きだったのですが、頑張っても成果が出ない子でした。学生時代はバレーボール部に所属して、全力で取り組んでましたけど、補欠。本気の補欠です(笑)力が無くて、アタックがへなちょこだったんで、「へなちょこ」って呼ばれていました。勉強も時間かける割には出来なくて。暗記系は全力で取り組んで30点代って時もありました。特に国語の才能がなくて、作文を書かせたら「そして、そして、そして~」の連続(笑)接続詩どれだけ使うの?みたいな感じでした。妹と弟がいたのですが、二人とも勉強はそれなりに出来る子で、できないのは私だけ。当時の私は何に対してもあまり自信が無くて、今思うと空回りが多くてイケて無かったですね。円形脱毛症になった事もあります。しかも多数なったことでかなり大きかったです(笑)

今では考えられないですね

まさかそんな自分が経営者になるなんて夢にも思っていなかったでしょうから、親はびっくりしています。人生の転機となったのは、芸能界との出会いです。17歳の頃心斎橋でスカウトを受けて、関西の雑誌の専属モデルとして芸能界デビューしたのですが、芸能の仕事を通じて沢山の方に喜んでもらえた事が嬉しくて、自分の道は「人に影響を与える」事なんじゃないかなと思う様になりました。 ただ、そんなに甘くないのが芸能界。何かに対してものすごく頑張るのが好きだった私ですが、もちろん頑張りは必要ですが芸能界は頑張っただけで成功するわけではなく、ただ、たくさんの人に影響を与えれる特殊な世界だと思います。現場では理不尽な事やここでは言えない様な出来事も沢山ありました。今思い出しても涙がでそうになるぐらいのことも。。。でもこの経験はものすごく重要だったと思っています。物事をポジティブに捉える力や我慢する力を養う事が出来たので。このマインドは、今の経営にも活きています。

まつげエクステとの出会いは?

雑誌モデルをやめてアイドルや歌手をやっている時その仕事だけでは食べていく事が出来なくなったので、何かバイトをやらないといけないと思っていろんなアルバイトをしたのですがその中でも営業の仕事をすることに。この仕事が更なる転機でしたね。とにかくがむしゃらに頑張ったらすぐ結果に繋がって、営業でトップの成績を残す事が出来たんです。私、最初は営業なんてできっこないって思ってたのに今では営業が大好きなんです。数字を達成する、それもチームのみんなで切磋琢磨して目標に向かって頑張る事が本当に楽しかった。本当にがむしゃらに働きましたね。最後にお客様からあなたにお願いして良かたわっといってもらえた時(数字と顧客満足度が伴った時)それは本当ににうれしかったです。ただ、当時はその仕事にやりがいを感じていましたが、アイドルをしながら営業をするというスタイルに、「このままでいいのか?」と思う自分もいました。 自分の本当にやりたい事ってなんだろうと考えた時に色々な想いが巡り、アメリカ留学を決意します。そこで出会ったのがまつげエクステなんです。

まつげエクステの魅力って何ですか?

まつげエクステは、大きな可能性を秘めた仕事です。とても小さなパーツですが、女性の印象を大きく変えられる力を持っています。きれいになりたいという想いを持っている女性の願望をこんなに小さなパーツで叶えられる仕事って、凄いと思います。ネイル程色を変えたり、デザインをしたり という事はありませんが、アイゾーンも無限にパターンもあり、まつ毛のはえ方も十人十色。単調な作業に思われがちですが、ものすごい奥が深い仕事です。いくらでも新しい事、新しい技術が生まれてくるので、技術の向上に終わりはありません。

アイリストになりたいと志す人が少ない様にも思えます。

アイリストになる為には美容師免許が必要なんですが、美容師免許を取得する専門学校に通う10代の子達の殆どがまつげエクステに触れた事がありません。触れた事が無い人達が専門学校を卒業してアイリストになろうと思えないのは自然な事ですよね。なので、若い世代の人達にまつげエクステの魅力を知ってもらう事が大切だと思っています。今後は、高校生や中学生に向けた体験教室などもやりたいですね。ただ、以前に比べて、アイリストになりたいと思ってくれる子達が増えてきてはいるんですよ。

ご自身のサロン「MANHATTAN」の職場はどのような環境ですか?

成長出来る環境である事は間違いないです。MANHATTANの場合は良い面も、悪い面も始めからさらけ出します。自分の理想や想いを包み隠さず伝えますし、1人の女性としての「成長」を考えた時に、何が正しいかというのが判断基準ですね。楽してなあなあで仕事をするのか、接客や技術を追求して、高見を目指していくのか。私の考えは後者なので、その想いを熱く伝えるんです。伝える時に決めているのは「倍のリアクション」「倍の想い」。魂を込めて話さないと伝わらないと思っているので、常に2倍の力で取り組んでます。困難を乗り越えたときこそ得られるものがあると思っているので。仕事への取り組み方、姿勢についてですね。

社内の教育システムについて教えて下さい

MANHATTANでは「makes you HAPPY」というスローガンがあります。お客様のHAPPYを追求する、それがスタッフのHAPPYに繋がるという意味なんですが、それを実現する為に11の行動指針「クレド」があります。このクレドはスタッフ全員が集まってみんなで考えたものなんです。このクレドをもとに毎日を過ごしているので、方針がぶれる事はないですね。ただ、人間なので気持が沈んだり、スタートに描いた目標を忘れそうになる事はあります。そこでモチベーションを高める為に、月に1回のスタッフミーティングで共有する場を作っています。また、スタッフ一人一人の良かったパフォーマンスを他の人がそれぞれ発表する場も設けているんですが、これはみんな喜んでくれています。泣くスタッフもいるくらい。特に新人にとって良くて、モチベーションアップに繋がっていますね。「先輩は自分のこんなところを見ていてくれていたんだ」って伝わると、嬉しいものですよね。

サロンの課題はありますか?

会社が急スピードで大きくなっていく中で一人一人とゆっくり話せなくなっている現状があり、それが原因で方針に対しての反対意見があがる事もあります。もちろん自分自身の発言や行動に間違いもあります。 外から見ると「上手くいってますね」と言われる事が多いけれど、失敗ばかりです。ただ、間違っている時、上手くいっていない時にどの様に改善していくかが大切ですよね。間違いは素直に認めて、反省し、次の行動に活かす。この繰り返しです。そして、諦めさえしなければ、失敗の分、猛スピードで駆け上がれるはずなんです。

強靭なメンタルはどこからきたのでしょう

厳しい家庭で育ってきたという事は影響しているかもしれません。ワガママを言ってはいけない環境でしたし、一つ一つの物事にきっちりする事を教えられました。ただ、束縛をされた事は無くて「自分の道は自分で選べ」という方針でした。だからこそ、自分で選んだ事は徹底的にやる、という気持になれたのかもしれません。 特に父の影響は計り知れません。会社を経営していた父の口癖は「とにかく、やってみろ」で、子供の頃からそう言われ続けてきました。私の起業に関しても、「自分が雇われるのと自分でやるのは全然違うから、やってみろ」と背中を押してくれていたので、喜んでくれていましたね。父は仕事で苦しいときも、病気が発症した時も、私達家族には全く辛い表情を見せる事が無く本当に尊敬していました。3年前に亡くなっているのですが、父の教えは私の原点です。

お父様の存在が大きかったのですね

父が亡くなった時期と新店オープンの時期が重なり、葬式やお通夜の間も業者から電話がなり続け、仕事をしていました。でも、それが父への親孝行にも感じましたし、気持を紛らわす事にも繋がっていました。これ以上の悲しみは無いと思える程だったので、仕事が助けてくれた。その勢いが恵比寿店の拡大に繋がったのも事実です。

垣内さんは何事にも情熱的で、まっすぐな方ですね

昔からまっすぐに全てをやっていたわけではないですよ。高校時代、今思えば気持ちが入っていないバイトもありました。ただ、自分で頑張りたいと思った事はやる。「これはやる!」と、決めた事はどんな事があっても最後までやり通します。なぜなら、逃げたらもっと大変な事が待っているし、それを乗り越えたら絶対にそれ以上の幸福感がまっているから。それに、「やっておけば良かった」って後悔しないように。なので、一番辛い時に、「神様は乗り越えられない試練は与えない」って思いながらふんばる んです。自分に自信はないけど、めげたらそこで終わりだって思って、自分を信じて「やろう」って常に思っています。

決して器用なわけではない。ただ、自分を信じる気持ち、物事に対する情熱は人一倍。「何かを伝えるときは倍の想いで」という彼女の言葉は、不可能を 可能に変えてしまうのではないかと思ってしまう様なエネルギーに満ちていた。最愛の父から譲り受けた「とにかく、やってみろ」という言葉を胸に、これから も経営者として様々なチャレンジを続けていく事だろう。 波瀾万丈な人生はまだ始まったばかりだ

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